緑の館〜 シロマ詩狼 & 素朴幽隠 の懸想文

評論・パロ噺(二次創作)・折々の感想とつれづれ書きのページです……

2025(令和7年)0905(金)「かまこん」不参加の詫び状と言い訳(SFの現実化)

どうもです。
今回の日本SF大会「かまこん」もお疲れさまでした。

 

今回は行く支度までしたのですが……

 

たぶん、私個人を知る方なら、描いているツイートをご覧になって、ご存じかと思いますが、「かまこん」当日の土曜日に、老親が入院している病院から電話が入り、そちらの手続きに追われました。

 

後ろ髪引かれる思いでしたが、出向く機会を逸してしまいました次第です。

 

せっかく定年退職となり仕事から離れたのに……
今は自身の闘病と老後と、老親の介護を併せた生活に追われる毎日です。

 

大会事前に曖昧な態度をとり、ヤキモキとさせてしまった皆さんには、特に平にお詫び申し上げます。

 

この酷暑で全滅した畑についても、来年からどうしようか途方に暮れています。


ミミズが姿を消して、一昨年よりのこの方、急に根を張り作物や草花のを追いのけるように、根に噛みつく、訳のわからない外来種の植物が畑を覆い、土が枯れて腐ってしまいました……

今年の作付け前には、膝下くらいの深さまで土を掘り、その土を一握り一握り手で揉んでその根をすべて取り除いたのですが……

やはりどこから種が飛んできたものか、根が伸びてきたものか?畑に侵入され、ダメになりました……

 

キュウリやトマトも苗の内からしぼみ、キュウリに至ってはなんと3回苗を植え替える始末……それでも酷暑で実が大きくなる前に、陽にやけてしぼんでしまいました。

ピーマン、ナスもそうです。

花は付けましたが実りませんでした。

ゴーヤはようやく盛りを迎えましたが、実が大きくなる前にやはり陽にやけたのか、黄色くなって割れてしまいました。

 

また来年もこのような天候が続くのでしょうか……?

来年作付けしても大丈夫か……?

その自信がありません……本当に呆然とするばかりです。

これはまさに昔読んだ近未来のホラーSFの世界です……

(もうお気づきかと思いますが、田畑農作はじめ食糧が安定して供給できません……

この秋以降は急激であれ知らず知らずであれ、食糧価格は上がるか入手困難になると思います)

 

あわせて、

自身の老後や介護ですが、身近に心当たりがある方がおられましたら、ご注意ください。

今のうちからどうするかを真剣に考えておかないと、本当に修羅場になります。

各市区町村で手続きも対応もサービスの質もまったく違います。

東京都23区や横浜・川崎市が提供しているサービスと、離れたこちらのその他の地域
では対応が雲泥の差です。

 

23区から引っ越されてきた障害者の方が、向こうではワンストップ・ワンサービスで済んで、手厚い保証を受けられたものが、こちらに引っ越した途端に4カ所以上の窓口に出向き、しかもたらい回しで冷たく扱われ、5分の1のサービスも受けられなかったと愚痴をこぼしてられました。
今お近くに住む友人の助力を受けて暮らしているとのことです。

 

たぶん、多くのSFやコミケといったオタク仲間……

いや、それ以外の中高壮年世代のみなさんにも、これからは避けて通れない課題だと思います……

(むかし、さゆりすと倶楽部のらめみさんが「マンガ描いてる=遊んでいる」とされて、介護を押しつけられて嘆かれていたコミケカタログのマンガレポートがありましたが、まさにその通りです……)

 

今回なんか大会内でもいろいろとあったようですが、手当てできる人がきちんと居て、後始末できるウチはいい方です。

むしろそれが普通な対応であると言えるでしょう。

 

今日、趣味外の世界の現実はというと、もっと驚異のトラブル案件を抱えていたことが、もろもろ今になって吹き出して、収拾がつかなくなっています。
私も降りかかってきたことに対して、手を尽くしているところは出し尽くしているのですが、社会システムとインフラのほころび、人材不足が予想以上で、呆然とするばかりです。

 

今、予定を組んだ行動が出来ないでいます。

ほんとうに、明日がどうなってしまうのか、恐怖におびえて暮らしている毎日です。

 

もしかしたら自死に走る若者は、このような現状をすでに感性で見通し、そこに覗かれた未来の姿を見て、あるいは未来を悲観して、生きる気力を失ってしまったためかもしれません……

それを押しとどめる言葉が浮かびません。

なによりみなさんも、死ぬ気で居る相手に向かって、美辞麗句にとらわれない、現実をしっかり踏まえて、相手を押さえ込めるような重みのある言葉を、投げかけることが出来ますでしょうか……?

 

 

長々と愚痴ってしまって申し訳ありません。

とにかく、本当に機会が出来たら、仲間のみなさんとお会いして話をしたくてたまりま
せん。
(これも打ち上げで話すようなことなのですが……)

 

今回は出向くことが出来ず。誠にスミマセンでした。
それではお詫びとしまして。

 

2025(令和7年)0301(土)天気晴 天気変動ジェットコースター

12:30頃に起床。今週、退職や介護・家事のことで休みなくせわしなく走り回ったせいか、かなり疲れが出て発熱が続く。気候の変化とも相まって気持ちが悪く頭痛がし、身体の節々が痛く、寝たきりのままである。静かに禅定しつつゲームとパソコンをする。

 

今朝の夢日記
―夢に見たことをそのままに綴る―
富士噴火・地元・東京壊滅

眺める丹沢の山の向こうで噴火の煙が4本次々と上がった。

硫黄分を含んでいるのか、細かい砂のような黄色じみた降灰を見た、続いて丹沢の表側に噴火の柱が立ち上り、東京に避難。

ビッグサイトに身を寄せた。備えは十分にあり一息ついたものの、今度はすごい衝撃が。

そのせいで東京の大半が海中に没してしまった。超高層ビルのほとんどは根元から折れて倒れた。水中のため、火の手が上がらないのが幸いだった。

ビッグサイトの柱の陰に隠れて見えなかったが、厚木の相模川あたり、どうやら鶴川断層あたりで噴火したようで、これで家はダメになったなと冷静に諦められた。

それ以上に振動、降灰、火山弾はものすごくビッグサイトを打ち付けた、真上だけではなく横殴りにガラスのような火山灰も吹き付けて、大きいものはペレットのようなものまであり、とにかく大きな柱の陰に隠れてしのいでいるものの、柱の風上側が破壊され鉄骨むき出しとなり、それは天井にもいえて、降灰の重さと柱の損壊で傾き潰れだした。

そのとき太昔の祖先から脈々と伝えられた記憶がDNAを通じて、どのような危機と被害が起きるのかを知らしめてくれたおかげで、助かっていることを悟った。

一連の活動はユーラシアプレート北太平洋プレートよりも、フィリピン海プレートの活動が活発化したためで、いつ、どこで大地震津波、噴火が起きてもおかしくないと報道は告げていた。

ようやく落ち着いたので、なんとか長津田の高尾山まで戻ると、丹沢の山並みは変わらないものの、手前の厚木側から溶岩が噴き出して小高い丘がいくつも連なり、折りからり北風に流されて南へとなびいていた。残念ながら立ち入りはここまで、規制されていてただ変化を指をくわえて眺めているしかなかった。

 

ちなみに私自身はなぜか大阪の吹田にいて、異変を聞きつけて関東に戻った、その折東名も新東名も避難者で渋滞していたが、富士の裾野を走るこの道は危険だから、中央道か関越道に引き返すようみんなに怒鳴るように忠告して回っていた。

自宅についてまもなく、富士南麓が噴火。

今回は青木ヶ原か大沢崩れの地面の浅いところからマグマが噴き出すと予想していただけに?歯ぎしりした。

その後また状況報告に吹田に行き、そしてビッグサイトに戻っていた。

どう行き来したのかはわからない……

ただ、安全な経路(おそらく日本海・東北経由)であったような気がする……

2025(令和7年)0224(月)天気晴 天皇誕生日振替休日

11:45頃に起床。今朝の夢日記

まとめてと思っていましたが、感得したあとの今年の天皇誕生日に見た夢の断片をまとめたものをここに気します
今から思うと意味深です……


―夢に見たことをそのままに綴る―


コミケのための)大手町の千代田区産業会館での全体集会を終え、同じ部署のKH、MK、MI、KG氏らと恵比寿の新橋公民館へ部局集会に移動しようと大手町駅に向かっていたとき、私たちに声をかける背広姿の立派な二人がいた。

霞ヶ関から来て、ゲームの作成や腕前がすごいので是非ご指南をという。

年長のKH氏が腕を強引に引かれたとき、私の横に突然昭和天皇陛下が現れて

「朕をまただますつもりか」

と述べられた。

二人組は真っ青になり、霞ヶ関の方に逃げ出した。

そのとき突然に、今多くの国民が誘拐されてウクライナなどの戦線に送られていること、または惑わされて世界各地の紛争に間接的に参加させられていること、しかもゲームコントロールがうまいものが狙われること、だが万事醒めた目で眺めるオタクには通用せず、政府が焦っていること、一般人とオタクが常識的にも逆転していることをを悟った。

陛下は

「和を乱すものは賊である。世を乱すものは悪である。嘘をつくものは嘘をつかれ嘘の中に滅び、裏切るものは裏切り続け裏切られて滅びる。心がけよ。備えよ。(励めよ。)裁け、懲らしめよ。作り出せ。守り築けよ。(素直で着実、)誠実で真摯なものが喜びを得る。

『直心これすなわち常道なり』

と、仰るとさっと消えられた。我々はただぽかんとした。

次の瞬間霞ヶ関あたり一面が砂上の楼閣の如く音もなく崩れ落ちた。

ああそうか、己がのみしか顧みず固執し、皆の生活を人質に取り虚偽を繰り返したから自壊したのだと感じた。

山手線が使えなくなったので地下鉄(逆か?)を乗り継ぎ恵比寿に降りて新橋公民館に移動した。

新橋公民館での集会が終わり、三〇人くらいの部署の仲間と飲みに行くことになり、恵比寿の駅から池袋・新宿方面に向かおうとすると山手線が止まっていた。

このときに、そういえば使えなくなっていたことを思い出した。

(ここから先は視たことと思いが断片化していて、なんとか筋に合うよう結合している)

ああそうか、オタクは我々の世代までの進化を経て、求めるものに誠実であり、そのために事象に真摯に向き合え、常に自己自身をも客観視し、着実な生き方をするから、安易に流されず、ゆえに相手は嘘偽りで欺くことが出来ず、相手らは焦り実力行使に出たものの、元々「ここ」の本質にある清く美しい流れに反したためにバチが当たったのだ。

「オタクが成長したのではなく、オタク以外が地盤沈下した」

との思いが湧いた。

埼京線等は動いているが見通しはつかない。とんだとばっちりを受けたものだと思った。

すぐ日比谷線のに移動すると、なぜか駅が、中目黒方の地上部との出口に移っていた。その先は舗装道路となり、東横線は消えていた。

東京が東に発展する中、日比谷線を切った東急は衰退したと突然悟った。

先のビルと家が続く沿道(線)は山手通りから先が消えて、山が見通せる。

人々の姿もなく多くが疑心暗鬼になり引きこもっていた。人付き合いが希薄なせいで不信をこじらせ皆家に引きこもっている。

だがその逆、山手線の内側から東、昔の江戸から千葉にかけては人付き合いが濃厚のままコロニーや下町を核に発展していた。

東京から西は衰退した。

証拠に日比谷線も客がほとんどいない。ホームは金網で区切られ、恵比寿まで着た車両は客を乗せずに六本木に引き返していく。

いちおう六本木方面行きの車両も道路から乗り入れてくるが、いつ来るかわからない。しかも路面を走ってくるから最大3両、先頭の車両は半分が動力部で、恵比寿から地下が併用軌道のよう、架線もない、線路もなく連節バスのようだ。

ホームドアと車両が合わず扉が開いても乗れない。乗客も少ない。

なにより車両の塗装も六本木方面行きは銀座線だったり小田急だったり、しかもそれがバスだったりする。

だから一両が多く乗りきれない。

折り返して来るのも客を降ろすと回送通過するばかり。

ただし排気ガスはなく、バスも鉄道も水素発動機駆動による昔の吊りかけ式モーター車になっていた。

やはり埼京線にしようと乗車券の払戻(入場取消)を求めたがホームの係員は出来ないと言い、罵声を浴びせ殴りかかっててきたので、これはおかしいと仲間の一人が櫛(串?)で刺すと額に「徹夜」の「徹」の文字が浮かび上がり、特撮の怪人のようにプシューと空気が抜けて消えてしまった。

これは我欲が実体化した偽りだと悟った。途端に仲間の中にも狂いだして襲いかかるものが出たが、突き飛ばすと同様に額に「徹」の文字が浮かび、倒れ伏して消えた。

そうか、実体化した強欲が実存する人間に混じって世の中に混迷をもたらしたのだ。そして我々が常に対抗してきたために、その増殖した憎しみが実体化して向かってきたのだ。

だが仲間内の結束力が強いため、その中では弱体化して存在を保てない。

「仲間・友情・協力」がいちばん強欲を弱体させるものなのだ。

それを確信した。たまりかねた仲間の一人が電話してくれると、新宿経由の東京行きの神奈中バスが来て、ようやく全員が乗れた。

山手通りを進むと、背が高いビルは昔からのものだけで、「先日の大震災」以降、法令でエレベーターが動かなくなっても人力独力で5分以内に外に脱出できない建造物は禁止された。

多くの犠牲の上に成り立った教訓だ。

もうこの国にバベルの塔を建てるものはいない。

東は街区が整い始めたが、西はがれきとそれを覆う緑の中に、あくまでここを愛する人が住み続ける建造物がぽつりぽつりと見渡せた。

新宿西口に到着。

いにしえの繁栄はなくなっていた。

逆に東口の繁華街に人の流れが移った。

そういえば渋谷はどうしたのか。

ここでも襲いかかる「徹」の実体化した欲望を張り倒しながら、西口では逆に栄え始めたバラックの「思い出横丁」の店にみんなで入った。

都庁はふたたび東遷し、どう使うか迷っていた臨海部に移り、TXやりんかい線半蔵門連絡線が延伸して、公園化した新しい拠点となっていた。

予定以上に高く積み上げるしかなかった埋め立てが幸いして「津波」の被害を受けなかったからだ。

新宿の高層ビルが次々解体されていく様はわびしかったが、明治神宮の本殿を拝むときにどうしても拝む形で目障りだったNTTタワーがなくなったのは愉快に思えた。

思えばこれのせいで拝礼に来た人への神徳が散らされて、以来日本が衰退した「失われた日本」を作った元凶だからだ。神の上にしゃしゃり出てはならない。なぜかそう悟った。
店でとりあえずビールで飲み始めようとすると、階下から女性の悲鳴が。

その方を見ると店ではなく診療所になっていて、店の階段ではないほとんど垂直の非常階段が。

下を覗くように見渡すと、なんと高齢の医者が若い看護婦を襲っているではないか。

この時代にこの国でまだこのような愚行がとよろめいたが、人の

「貧すれば鈍する」

傾向にあり、参加者に不埒な者が増えたことを拡大集会で警告されていたので

「衣食足りて礼節を知る」

今まではそれで収まっていただっただけかと、ただ納得した。

チームトップのHT氏が仕方ないなぁと率先して下り、我々も後に続いた。

すでに医師は組み敷かれ、看護婦は女子の保護下に置かれていた。HT氏は「愚かなことをするな、この先にMという薄くて高い本を売る店がある。そこでの虚構で満足するというなら放してやらないでもない」

と持ちかけると、医師は喜んで大枚をつかんで外に飛び出していった。

それを見た直属のKT氏が

「なんで警察に突き出さないのか、しかも何で我々方に引き込むようなことをするのか、またやるに決まっている、たまったものではない」

と、強く抗議したが、HT氏は

「あやつは突き飛ばしても組み伏しても実態を保っていた。つまり実存する人間だ。ならば欲求を解消するすべを知るなら、今後はリスクのある手段をとらないだろうし、逆にそういうものを大切にするだろう。ならば人間としての誠実に頼ってみようではないか。それで改まらないときこそ相手が人間を捨てた実体にすぎないものであり、大義名分の元、我々でも欲悪は排除できる。そうだろう。なによりこんなことを繰り返されて、そのあてつけを普段からくらうような、もうとばっちりは受けたくない。しかも警察は先ほど目の前で瓦解したではないか。幸いこのあたりの親分さんとは面識がある。釘は刺しておく」

と、言った。

このとき昭和天皇陛下の言葉を思い出し、誠実で真摯に向き合っていかなくてはいけないのだと感じつつ宴席に戻った。

また唐突ながら、ようやく京都の人が長年かけて、人付き合いの極意を身につけてきたことが身にしみてわかった。

あわせてふと

功利主義と利己主義は違う」

ことを思い知り、ここにいる私たちなんかは

「常に発展的にそのときのより多くの、最終的にはすべてのものの利益や幸福を得る」

ことを目的に動いていて

「一個体の狭義な強欲を満たすのみ」

で動くのとは決定的に違うこと。

そうすることがやがては社会全体に利益が行き渡るという望みを叶えているのだと感じた。

帰りに使った小田急はみんなロマンスカーで、電車賃のほかに二等座席料金をとられた。

 

と、ここで夢から覚めた。

起き上がり自宅の階下に降りていくと、廊下にオフクロのメガネが落ちている。

驚いて向き直ると、隣室にオフクロが倒れていた。

慌てて駆け寄ったところで今度は本当に目が覚めた。

つまり夢の中でまた夢を見ていたことになる。

しかも不思議と

「我昔所造諸悪業(がしゃくしょぞうしょあくごう)

 皆由無始貪瞋痴(かいゆうむしとんじんち)

 従身口意之所生(じゅうしんくいししょしょう)

 一切我今皆懺悔(いっさいがこんかいさんげ)」

「かむながら幸魂奇魂荒魂和魂たまちはえませ

  祓え賜へ清め賜え守り賜えさきはえ賜へ」

と唱えていた。

そして漠然と昭和天皇陛下をお祀りしなければと感じた。

お昼近かったので階下に降り、昼餉の支度をしていたオフクロにおはようの挨拶。

実はオフクロがぶっ倒れていた夢を見て飛び起きたことを伝えると、オフクロは今朝本当にぶっ倒れたと言ったので驚いた……

実はほかにも

「かなり忠告じみた」

夢を見ていて、それに近いこと、気がついたら

「そうかこのことか」

というようなことを夢で見ている。


完全版ができたら上げたいが、この頃は

「まるで誘われる」

というか

「導かれる」

ようなことが続いて起きていて、深く考察したら、ほとんど夢が関わっていて、今が夢なのか現実なのか、わからなくなってきている……


 #天皇誕生日 #昭和の日

パリ五輪に出るウマ娘の話 ~ 「ほのお」のランナー、英題: Chariots of "Moe"

先年のオリンピックの前に「ツイッター(X)」にて「ウマ娘」の同人誌作成についての話がありました。

そこで、私が思いついたネタがあります。

案内があったときに、インスピレーションに響いたのか、天から降ってくるものがありましたので、すぐさま忘れないうちに打ち込みました。

先年はパリ・オリンピック……前回がちょうど映画「炎のランナー」の舞台になります。 この作品のパロディです……

――これを読みたい方、おられますかね……?

 

(ゲーム・アニメの設定に準拠しておりますが、ほとんど勝手な創作です。ですので関心を受けられるようでしたら、よろしければご自身でもご自由に発送を膨らませてください)

 

--------------------以下、あらすじ--------------------

「ほのお」のランナー、英題: Chariots of "Moe"

トレセン学園の高等部生カツラギエース。彼女は片田舎から飛び出してきた明朗快活なウマ娘だ。つまらない固定観念や閉鎖的な空気を嫌い、それらを打ち砕くウマ娘界のエースを目指し、競技(レース)にのめりこむ。

マルゼンスキーステイゴールドシンボリルドルフシリウスシンボリメジロラモーヌミスターシービーらとともに「トレセンの古参7人」として華々しい活躍をしていた。

中等部には、大御所歌手の家に生まれたキタサンブラックがいた。お祭り大好き!な元気で明るい人情派なウマ娘の彼女にとって、自らの努力によって競技(レース)で勝利することでみんなを慶ばせることがまた自らの喜びであった。

だが、それ以上に人情派な側面から、人の話をよく聞き、人助けを率先してよく行うなど気が細かく優しい人柄により日常から慕われて、いざとなったら走ることをそっちのけにして人助けに熱中する。

不器用な同期生のシュヴァルグランにはどうも好ましく思えてこない。しかし、父親や幼なじみのサトノダイアモンドらはそのような彼女の姿勢を尊重し、大会出場する際には彼女を熱心に応援した。

2024年、パリでオリンピックが開かれることになり、凱旋門賞がある関係から記念してパリ・ロンシャン競馬場などで2024年7月26日から8月11日に(競技は開会式が行われる2024年7月26日の2日前となる24日から)ウマ娘のオリンピック競技会も行われることになった。

スピードシンボリがその代表団を率いて渡仏することになり、レースは800mから1000,1200,1600,1800,2000,2200,2400,3000,3200,4000,4800,そして5600mの13のダート、芝双方のレースと短・中・長・駅伝・100マイル駅伝の2,3,4,6,8,12名による複合式リレー競技が行われるとのこと。

この競技数だけでトレセン学園のほとんどのウマ娘が出場することになった。

しかもオリンピック、つまり日の丸を背負うことになるから、すべての種目でメダルをとることが第一目標とされた。その間国内のレースは、セントライトシンザンハイセイコーホワイトフォンテン、ソノンエルフィーなどのOGたちが久しぶりにレース場に立つことになり、往年のファンを喜ばせた。

全生徒も種目別に絞り分けることになった。この話に黄金世代はその息の良さから早々にリレー・駅伝にエントリーするなどトレセン学園内も活気に沸き立つ。

目玉はやはり凱旋門賞と同じ距離で競われる2400m。

そして閉会式直前にロンシャンをスタートしパリを巡ってロンシャンにゴールするコース立てで行われ、いちばん山場とされ、各国代表格が集結して湧き立ち盛り上がる2400mx6の複合式駅伝。

トレセンの古参7人」は日本を代表してこちらにエントリーするが、一人余ることに。その一人にカツラギエースが手を上げた。2400mで大勝負に出たかったのである。

だが、エースはその国内選考会で同じ逃げを打つキタサンに敗北し、補欠となったことに「若い力」の台頭への激しいショックを受ける。

そこへトキノミノルという(どこかで見たことがあるような?)伝説のウマ娘が現れ「本来私は指導から離れており、直接手ほどきをすことはないが、それほどにまで強さを渇望するなら」と、エースは彼女から戦中戦後を彷彿とさせる徹底的なシゴキを受けることに。

一方キタサンは他距離の選考に進んだダイア、シュヴァルらに、オリンピックに出場できる喜びと、そのことで先輩方を辱めてしまったこと、またエースの勝負心に火を灯したことで、学内に広がった不興に対し揺れ動く心を語ったものの、しかし、ほかの二人もオリンピックの代表に選ばれた喜びに浮かれてか、まともに取り合ってくれようとしない。

後日、先生と慕うナイスネイチャにそのことを話すが、そばに付き従っていたツインターボは、実力で勝ち取ったんだから当然と意気込ませようとする。だが、ネイチャはたしかにキタサンの心の揺れ動き読み取った。日の丸を背負った戦いであるはずなのに、肝心の代表であるトレセン学園生の心がばらばらになる様をネイチャも見て取ったからである。

本来トレセン学園は競技に関しては指導者たるトレーナーとの契約が優先され、トレーナー以外では仲間しか口を挟むことができないのが不問の立法。

だが、エースの単独行動はそのトレセン学園の伝統に異議を突きつけることとなり、生徒の間にも波紋を呼ぶ。しかし学内の管理関係者は一様にそのことを問題視しようとはしない。いつの間にか問題行動時に現れるあの駿川たずなですら、黙認しているようなのだ。(と、いうか、トキノミノルが現れる肝心なときに限って、何らかの用事で駿川たずなは不在なのである)

どうやらトキノミノルトレセン学園設立時の偉大な功労者の一人であるらしく、そのため、逆にこれらの関係者からは先駆者たる先達の指導を「生に直に」受けているというだけに見られているようで、羨望に見られても問題なしとして皆一様に黙認しているようなのだ。

だがこの特別扱いが許されていいものなのかというと、生徒の間でも意見が分かれた。

エースはトレセン学園のフジキセキヒシアマゾン双方の寮長から呼び出され、創立時にかかわったとはいえ非学園系と思われ、かつ得体の知れないトキノミノルから、しかも現代では問題視されるような時代錯誤の指導を受けていることに対して、なりふり構わなすぎると、同じトレセン学生の視点からとして批判を受ける。

二人に対して「今回はプロも出るオリンピック!シリーズとは違う!」「それこそがつまらない固定観念や閉鎖的な空気を生み出す!」と反論して退出したエースは、ほかの「古参7人」の友人たちから、一緒にパリ五輪に正式にURAから同行を求められたこと、正式な2400mの代表は現時点でキタサンブラックであることを告げられる。

シリウスシンボリの「海外の経験は多く積んでおいた方が良い」という意見に従って組まれた第一次代表団として「トレセンの古参7人」ら組が現地事前合宿地に出立してしばらくの後、競技開始の一週間前、パリオリンピックの競技が始まろうとしていた日、国内レースの関係で府中で調整していた第二次代表団がパリへ出発しようとしていた。

ちょうどこの時期からトレセン学園は夏期合宿に当たるのだ。

だが学園内でキタサンは、溶け落ちた状態のアグネスデジタルと瀕死のメジロドーベルを見つける。彼女らから世界最大の同人誌即売会コミックマーケット104が東京ビッグサイトにおいて2024年8月11日から8月12日に行われること、今年はオリンピックと重なったためにアシスタントしてくれる仲間や関係者がいずれも出払ってしまい、このままではもう無理というとんでもない事態について知る。

こうなるとお祭り大好きかつ人の話をよく聞き、人助けを行う彼女のサガが黙っていない。

出発が差し迫っているというダイアやシュヴァルらを伝法調で一喝し、「必ず間に合わせるから先に行って!なんとかするから!」と、バタンと扉を閉じて二人と部屋にこもってしまう。ほおりだされたシュヴァルらは「知らないぞ……」といいつつ、急遽変更もままならないので先に出ることに……

だがシュヴァルらは、ドアに背を向け「なんとかなるよ……」とぽそりと呟いたキタサンに気がついてはいなかった。そして事態は好転しないまま、第二次代表団もパリへ到着する。

日本チーム最大のライバルは、トレーニングを積み、士気も高く現地と相性も良いフランスチームであり、凱旋門賞の常連のヴェニュスパーク、リガントーナ、モンジューといった強豪選手が名を連ねていた。

2024年7月26日、パリ五輪が開会した。だが、競技開始前に開かれた親善パーティの席にキタサンの姿はなく、ダイアやシュヴァルらはもっともらしいいいわけで、なんとかその場をいいつくろって誤魔化す。

しかし、トレセンに残っていたキタサンはというと、その時点で実はデジタル、ドーベルの二人ともにストーリーのアイデアも全く浮かばないままであり、原稿は真っ白。コミケは当時好きだという理由でジャンルの申し込みをしていたことが判明し、半年も期間があれば「浮気心も出て……いや、見捨てたわけではないんですぅ」と言い訳するデジタルとドーベルをべらんめぇ調で一喝しつつキタサンはしばいていたのである。

お祭り大好きキタサンは、実は一般でコミケに参加したこともあり、コミケに関してもかなりの知識を得ていた。だからこそ二人を手伝うと自信を持って言い放てたのであるが、この状況で「天城越え」ならず締め切り越えが確実に……

ヘイヘイホーと調子よく仕事歌を歌うこともままならずに、結局、キタサンの役目は印刷所との交渉だけに終わっていた。(実は嘆てたところでどうにもならずに、状況を替え歌にして思いをこぶしにぶつけて歌っていたという……)

さすがに不審に思ったシンボリルドルフがパーティの裏へこっそり呼び寄せてダイアやシュヴァルらに優しく問いかけると、ダイアは泣き出してキタサンがコミケのアシスタントにかかりっきりであることを白状する。

それを聞いたルドルフは仰天するが、面に出さずに何とかするから抱え込まずに私達に任せろと、そしてダイアらは自身の競技に専念するようにと聡し、ダイアやシュヴァルらに重くのしかかっていた肩の荷を下ろす。

だが、すぐさまその場で生徒会役員をすぐに招集し、密談の上カツラギエースを呼び、いきさつを伝えて2400mの予選に出場するようにと要請する。

いちおうはいざというときのために鍛錬は欠かさなかったものの、それまでは控えて表に出ないように徹しようと決めていたエースは、なにか割り切れないわだかまりを感じてさすがに混乱してしまう。

しかしその目には、はっきりエアグルーヴの背中の上に浮かんだ鬼の形相を読み取って、断る余地もなかった。なんで今回アグネスデジタルメジロドーベルが棄権したのかはうすうす解っていたが、まさかこんなことになろうとは……と、思ってもみなかったからである。

身体は整っていたものの心が定まらないままに予選に出場したエースは、若いヴェニュスパークに敗北したものの、辛くも決勝出場の切符を勝ち取る。だが、揺れ動いていた心が、初めてまみえた海外勢と自身の走りの格差を見せつけられてますます落ち込んでしまった。

その心根を見透かされ、トキノミノルからエースは叱咤される。決勝出場を目前に、エースは不安な心情をシービーに吐露する。そのことを知ったトキノミノルは直接競技場へ行かないこととし、エースへの手紙をシービーに託す。そこにはお守りとしてトキノミノルが使った「血染めの蹄鉄」が同封されていた。

「自分がこのように足がつぶれるまで走り続けなければ、一生後悔したかもしれない」という思いを乗せて……そのトキノミノルの陰ながらの激励、「トレセンの古参7人」ら友人たちの応援、レースへの緊張が高まっていく。

エースは予選二桁での決勝進出ながらも、シービーやルドルフと競り勝ったジャパンカップに違わぬ走りを見せて2400mで優勝した。

エースの最後までどのような困難が待ち受けようとあきらめない姿勢が皆を感動に包んだ。

駆け寄った古参7人の仲間たちに担ぎ上げられ会場をエースは凱旋して回る。トキノミノルも、国歌吹奏とともに最も高い所に掲げられた日の丸を競技場近くのホテルから見、エースの優勝を知る。

現地のトレセンの人々も、彼女の優勝を知り喜ぶが、ここにきてエースは割り切れないおのれの心情の根幹を理解する。それは、キタサンがわざと欠場するようなことをして、エースを出場させたのではないか、いちばんトレセン学園の中で不興が生じて結束が乱れることに心を痛めていたのは、誰よりも人情に厚いキタサンではなかったかと思い至る。

パリまで、パリでも自身を追い詰めた日仏の相手が二人そろって「若い力」であり、心身ともに彼女たちが若いあまりに自分自身が相手を見下して侮っていたことを悟り得たのだった。

また同時に、フジとアマゾンの忠告は、そんなキタサンにエースが努力により自己の存在をきわめて目立たせ、学内の同情を集めることで、対して逆に「キタサンを追い詰めている」ということを暗に示していたメッセージであったことにも気がついた。

面倒見の良い寮長二人をも蔑視していたのではないか?

競技に熱中するあまり、そのバイアスが周りに配慮を欠き、自己の都合の良いように解釈していたのでは。

そのことに思い当たったエースの心は晴れず、やりきれない思いにとらわれて簡単には喜ぶことができなかった。

トキノミノルはそんなエースをパリの街に深夜まで付き合って慰労する。

そして、考えすぎかもしれないし、なによりも特訓でロンシャン対策をしていたエースのほうがキタサンより分があること、また、そのように自身を客観視するまでに成長したことに自信を持てと諭す。

あわせて、これから始まる仲間の競技のために力になり、経験を生かして新たなる一歩をともに踏み出すようにと勧めた。

さて、キタサンブラックがシャルルドゴール空港に現れたのは現地時間2024年8月9日、何とか入稿にこぎ着けたその足で成田を発ったのである。

そこに待ち受けていたのはぶんむくれのダイア、シュヴァルらからの特大級の雷であった。

しかし、キタサン自身もドーピング規約の違反になるからと、アシスタント中、強精剤等の服用を一切せずに現地入りしたため、頭はよいよいの惚けた状態、目は隈で真っ黒、まさに「ブラック」であった。

そのためか、空港のほかの客はおまけの雷のとばっちりを食らって相当にびびることになったが、当の本人はというと「結果オーライだから良かったじゃない」と、かなり気だるそうにいうだけで終始しはぐらかしているようで、本当に効いたかは定かではなかった。

残された種目は唯一、全ウマ娘未踏といわれる「5600m」クラスである。トレセン生徒会はURAを通じて選手未定ながらも密かにこれにもエントリーしていたのだ。

これまで予選も行われながらも、理論上推定設定目標時間に到達していなかったこと、ダート、芝双方とあわせ、かつ全世界あわせても17人に満たないエントリーであったため盛り上がりに欠けていたことから、急遽、理論や領域別を捨てて、エントリー者全員に資格を持たせてオリンピック閉会式前に全員出場させることとなり、閉会式中のスタジアムで陸上競技方式でレースが行われることに変更決定がなされたのだ。

スピードシンボリはこれにキタサンブラックを充てたのである。

そうして5600mに出場するキタサンを、フランス選手は警戒する。

目が隈でその名の通りブラック、しかもナチュラルハイでテンション爆上げになっていたため、そのハイスペックにさすがについて行けず、恐れおののいたのである。

この心理戦は功を奏する。ダイヤは商店街の人たちから託された、メッセージと、他の国のウマ娘が使わない箱根駅伝用に調整された足に優しい特殊シューズをキタサンに渡すとともに、閉会式の時、過去に果たせなかった凱旋門賞出馬用のために商店街の人が作り、託された横断幕をキタサンにシュヴァルや仲間らとともに披露した。

キタサンはメッセージを胸に忍ばせてレースに臨む。本番に強いキタサンは、酒を飲んで打席に立つと震えがぴたっと止まるあぶさんのごとく、レースになるや不思議と落ち着きを取り戻していたのだ。

いちばんライバル視されるのはモンジュー。ほかの選手団、要人や観客、仲間たちが見守り横断幕を振る中、陸上方式でスタートし、レース場より小さい陸上トラックに目が回りそうになりながらも、彼女は有馬のごとくに、ほかを寄せ付けない王道の走りをして設定時間を遙かに上回るタイムを記録し優勝した。

その後の熱気は大会実行委員長らのスピーチで水を差されたものの、オリンピックの閉会式といえば各国各選手入り乱れてのどんちゃん騒ぎである。

つまりライブの「祭り」だ。

ウマ娘の本領発揮。キタサンは率先して先頭に立ち、全選手とラインダンスで「ラ・マルセイエーズ」を歌いまくるやら飛び回る。

閉会式の終了後さすがに常軌を逸して限界越えしたキタサンは目が回ってダウン。そんな彼女が倒れそうになるのを手を伸ばして支えたのはカツラギエースだった。エースはキタサンを背負うと、このまま宿舎まで送るとダイアらに告げる。

大歓声の供宴が終わり落ち着きを取り戻した競技場から、キタサンを背負って宿舎に帰ろうとしたエースは、関係者出口で待っていてくれた仲間と落ち合い、小突きあったりしてほほえみながら歩み始めるのだった。

なお、アグネスデジタルメジロドーベル夏コミの後どうなったかについては……
──みなさんのご想像にお任せします……

 

※先年のパリ・オリンピックは、前回がちょうど映画「炎のランナー」の舞台になります。 この作品のパロディですが、映画を見ても参考になるかどうか……。ゲーム・アニメの設定に準拠しておりますが、ほとんど勝手な創作です。ですのでご自身もご自由に発送を膨らませてください。

 

https://youtube.com/watch?v=Xkc6TB4EeqI

https://youtube.com/watch?v=3vxlX5wyEQs

https://youtube.com/watch?v=J0ta05BAbFE

https://youtube.com/watch?v=CwzjlmBLfrQ

 

#ウマ娘 #アニメウマ娘 #キタサンブラック #カツラギエース #オリンピック 

 

 

2024(令和6年)1225(水) 禅定、感得

天気不明 高熱のため一日床に。ひどく疲れたことが原因。昨日夜より深く眠り続けた。だが眠るとも眠れない。体調不良を何とかしようと、横になったままでずっと修行してきた気功の小周転と、とき折思いついたら大周転を行い全身に「気」を巡らせた。
ときたまプラーナ管で気を取り入れたりも。鼻呼吸を心がけ、丹田に気を貯めた。小周転はほんわかする気を集め、ツボの長強・腰兪という尾てい骨から背中の正中線の督脈沿いに流し、後頂・百会そして上星・神底に流した。頭頂にとどめて意識して転がすというかたゆたわせると、だんだんスーッとして目がさわやかになる。気は頭頂でブレーキが効かなくても、鼻の頭の素髎あたりで止まった。両目に流れる気もあったが、意識して水溝方面、正面の正中線の任脈に落として、承ショウ・廉泉というところから、のどぼとけあたりを通して鎖骨と交わる天突から華蓋、胸元の玉堂やダン中、ヘソのあたりの下脘、ヘソの中央の神闕、そして丹田に戻し、また関元や会陰に落とし、また督脈の長強に繋げる。その流れを繰り返して気を練っていき、ときたまプラーナ管で呼吸を意識してチャクラに意識を向けていたりしていたら、突然、背中の肩甲骨沿い、神道から至陽にかけてのあたりからブワッと気が羽が生えるようにというか、仏像でいう後光を形作るというか、吹き出した。
それとともに身体全体から、重怠さも気怠さなども含め、疲れという疲れが取り除かれて、さわやかになりスッキリとし、なんともいえない心地よさで満たされた。時間の流れがあるのなら、あくまでもとどまることを知らない安堵と安寧の思い、幸い以上の感覚で満たされた境地。何の不安も恐怖も憂いもなかった。時間の流れもなくこの法越境の中にとどまっていた。甘露な三昧の境地。ああこれが禅定入定なのだと感得した。
生や死の認識、自身の認識さえ省みなければなくなっていた。同時に大小であらわすことも憚られるが(はっきり申してこんな言葉では言い表せない)、わかりやすく言い換えてもっと大きな自身であることを知っていた。
そしてこの境地の中に合一したときに、人は最終的にはこの境地の中に入らなくてはいけない。そうならなくてはいけない。そのためによく生きて、よく死ななければいけないのだと納得した。
夢も見ていなかった。安らぎと安寧と心地よさにひたすら浸っていた。そして、自分一人では達成しなかったであろうこの境地にあらゆるものが導いてくれたことに、心底感謝した。
目覚めたときにはスッキリしていたが、自身を見て、肉体を持つ人間がこれほど醜く意地汚いものかとも見えた。心魂が浄化されたためなのかと勝手に思い、現状の世情の中にあることに失望した。だが常にあの境地に心魂を置かなくてはいけないことは覚えた。一つの到達点だ。
なるほど、無常有情関わりない。ただ一心に、心を清めて正直になり、心を軽くして生き、そのためにも気にかかることは進んで片付け、身勝手な判断ながらも、自身を含めたあらゆるものに心を配りつつ、とにもかくにも悪いことはせず良いことを実践していこうと思えた。
日常の中でも修行は出来る。そう、日常の生活生業が修行なのだ。修行の目標、頂上が見えた。無意識の感謝が出来るようになった。ありがたや、ありがとう。
でもこれからも山稜のプロムナードは続く。飛んでいけるようになるかもしれないが……

なお、その逆のパターンも感じ取った。
「気」がないゆえに「虚」の中に陥ってしまい、さみしさとさもしさと、よからぬ、けしからぬとが、心や魂にじわじわ、うじうじ、いがいがと分け入り染みこみ、引き裂かれ、粉々に打ち砕かれながらも、残っていなくてはならないような不安と苦しみのただ中にほおりこまれ、湧き出るように起こり続ける原因不明の訳のわからないすべてへのいらだち、よこしまでおどろおどろしくもかき回される、訳のわからない恐怖と不安感に苦しみさいなやまされ続けるというものだ。
さむい、冷たい、震えるばかり。温度ではない。心のさみしさというべきか、当てはめられる適当な言葉が見当たらない……
無力感を取り越し絶望も通り越し、ただなんとかしてほしいと、助けを探り求めもがき続ける。
皮膚の下から生じるえげつない、まどろっこしい、ムカデが数千匹も這いずり回っているような違和感。有機物をいきなり無機物にすげ替えたために強烈になじませようとすることへの抵抗から来る拒絶感。(これは子供の頃にはこの肉体にあることがなんとも耐えがたく狂ったように抜け出したかった感覚に同じだった)本当の心の病の究極の感覚。ただ震えおびえ続けるしかない。
心や魂を崩壊させることなく閉じ込める。「虚ろ」以上に気持ちが悪いのを通り越して不快が過ぎる境地だった。いや、「気」持ちが悪いからこのような症状が起こるのか。
先のポジティブを超えた境地とは違った絶対的なネガティブ。しかも自身の行い、行うことのほかに救いはないのだ。
けれども何もないから何も出来ない。
こんなところに心や魂が閉じ込められたままならまさに「地獄」というほかにない。
この境遇に心魂を置いてはならない。
まさにそう確信した。
人間が生きて目指すべきは恐悦至極の、それこそ時間があるなら永遠の、時間という概念がなくなっても、もはやゆらぎのない、心魂の安寧三昧であり、その境地の中に浸り続けること、浸ることである。
これが無漏の極意なのかもしれない。

「よろづを有漏と知りぬれば、阿鼻の炎も心から、極楽浄土の池水も、心澄みては隔てなし」

 

2024(令和6年)1222(日)

天気晴 12:00頃に起床。体調悪し。食欲なし。有馬記念の馬券をネットで単複全部買う「宝くじ買い」してまた横に。このところとにかく日記を付ける体力が残らないほどせわしなく、とことん疲れている。変な夢ばかりを見る。しかもリアル。たぶん今の若い人にはこんなのが事実だったら受けるだろうなと傍観していた。起きているのか寝ているのか解らない。もしかしたらこのまま死んでしまったとしても、そのことに気がつかないのではないか。ただこんなリアルな夢に閉じ込められるのは勘弁してもらいたい。一日気絶と朦朧とした時間を送った。気がつけば宵の口。夕食はロールキャベツだったか?記憶曖昧。